家族の命を守るため、安心、安全な住まいをどのように作っていくか。伝統工法の木組みをベースとして、現在の耐震基準よりもさらに安全な構造とするため、「木と土の家」の構造についての基本コンセプトをまとめました。
なぜ、日本で柔構造の木造住宅が建てられないのか?
建物の地震に対する構造には、地震に対して筋交いや耐力壁で耐える剛構造と、建物が変形することで地震力を吸収する柔構造の2つに大きく分けることができます。
現代の住宅は、ほぼ全て剛構造で建てられていますが、これは建築基準法に定められているのが剛構造だけだからです。構造計算の方法も剛構造をもとに定められています。構造計算の方法は、「壁量計算」によって建物の耐力壁の量や配置を、建築基準法の定める値よりも上回るようにします。木造建築の耐震性は、耐震等級3段階で表され、等級1は建築基準法の規定通りの強さ、等級2は建築基準法の1.25倍、等級3は建築基準法の1.5倍の強さとなります。
一方、超高層のビルや伝統的な木造建築は、柔構造で建てられています。超構造のビルはコンピュータを用いた高度な解析のもと、詳細な構造計算が行なわれています。これは、鉄やコンクリートについての構造力学が確立されているからこそです。木造建築はどうかというと、無垢の木は一本一本の強度や性質にばらつきがあること、仕口や接合部の強度が加工の精度などにより一定でないこと、構造のメカニズムが完全に解明されていないことなどを理由に構造計算の方法が確立されていないのが現状です。
伝統的な木造建築を柔構造で建築しようとすると、限界耐力計算という特殊な構造計算を行い、構造計算適合性判定(ピアチェック)という、専門家による審査に合格することが必要で、構造設計についてかなりの費用と期間が必要となり、民間の住宅を柔構造で建てることは非常に難しくなっています。
日本でなぜ柔構造の木造建築が発達したのか?
構造の解析や計算ができなかった時代、建築する上で最も重要とされたことは「倒壊しない」ということでした。その点でいうと伝統の木造建築は、建物が変形することで地震力を吸収するので、大きな地震が起きた場合、壁が割れる、落ちるといったある程度の損傷は受け、建物が傾くといった状態にはなりますが、木組みが粘り強く倒壊しにくく作られていました。「傾いても引き起こして、壁を塗り直せば良い」という考え方だったのです。
そういった理論に木という素材は非常に適していました。木と木を組み合わせる「木組み」は地震によって力を受けた部分は凹み、適度な遊びが生まれ、接合部を破壊から守っていました。伝統木造の耐震性にとって最も重要なのが、「貫」(ヌキ)です。貫は柱と柱を通してくさびで留めらていますが、この柱と貫の接合部分が、地震力を受け凹み歪むことで、地震力を吸収する仕組みになっていて、建物の倒壊を防ぎ、人の命を守っていたのです。
剛構造の耐震性について
建築基準法は大きな災害のたびに法改正され、 現在では世界でもトップレベルの耐震基準となっており、日本の住宅全体の耐震性は大幅に向上しています。しかし、2016年に発生した熊本地震では、新しい耐震基準をきちんと満たしていた建物の倒壊も多数報告されています。これは震度7の地震が2度続けて起こったことなど、さまざまな要因が考えられ、現在、調査、研究が進められています。
また政府の指導のもと2009年に実験施設E-ディフェンスで行われた住宅の実大実験でも、耐震等級2の住宅が倒壊しています。この実験映像はYou Tube等にも公開されていますが、耐震等級2の住宅2棟のうちより詳細な耐震設計をした住宅の方が倒壊しています。
これらの想定外の倒壊が起こるのは、剛構造の「初期剛性は高いが、壊れ始めたら弱い」という構造的特徴が大きく関係しています。つまり、一部の損壊を起因として、一気に倒壊へと進んでしまう恐れがあるのです。在来工法で建てられた木造建築は金物と耐力壁に頼りすぎているために、想定外の地震力を受けたときに、木の接合部が壊れてしまい倒壊してしまうのです。耐震等級を上げるだけでは、住宅の安全性を担保できないのが現状で、これは木造建築のベースである木組みが簡素化され、木組み本来の粘り強さが失われていることが大きな要因です。
つよくしなやかに作る
柔構造と剛構造には以上のような違う特性があり、それぞれの良い所を組み合わせるような作り方ができないかと模索してきて、「柔剛構造」という一つの結論にたどり着きました。 伝統工法の粘り強い木組みを耐力壁で補強していくという考えで、剛構造のつよさと柔構造のしなやかさを組み合わせることで、より安全性の高い住宅を作ることができます。耐力壁によって初期剛性を確保し、もし想定外の地震力によって耐力壁が損傷を受けても、木組みによって地震力を吸収し、倒壊を防ぐことができます。
戦後、経済性や合理化が優先される高度成長期に、科学的な根拠の乏しかった伝統工法は否定され、在来工法という西欧力学に基づく木造建築が普及し現在に至っていますが、もし、伝統工法を発展させる形で、建築基準法が発達していたら、「柔剛構造」という発想にたどり着いていたのではと感じています。
つまり、伝統工法をベースにしっかりと組まれた木組みを建築基準法に基づいて耐震補強するという、とてもシンプルなことなのです。この発想ならば、現行法の枠組みの中で、日本の自然風土に合った、つよくしなやかな木造建築を作ることが出来ます。
伝統工法は、今では特別な技術となり、日本人が日本の家についてほとんど知らないという状況ですが、伝統工法には、これから日本の住まいを考えていく上で、大切な知恵や工夫がたくさん詰まっています。伝統とは決まった型を守り伝えていくことではなく、先人の知恵や工夫、経験から学び、現代の住まいへ生かしていくことなのです。